「一人が好き」は色々終わってた

「一人が好き」は色々終わってた
みるみ

僕は昔から「一人が好き」を豪語しているタイプで、一人でもできることに対してわざわざ「一緒にやろうぜ」とか誰かと連れ立ってやるということはほとんどなく、例えばどこかへの移動とか空いた時間の過ごし方とかそういうのも基本は一人であることが多い。

でも別に友達とは普通に遊ぶし、飲み会も人並み(以上?)に行くし、運動もスポーツも好き。なんというか「外交的/内向的」「インドア/アウトドア」とかそういう属性とは別のものです。これは伝わりますよね?

その後社会人になりエンジニアとして会社員の生活を続けると同時に、ブログというたぶん僕の人生を最も大きく変えたであろうものの1つに出会い、副業の魅力を知り、独立して生計を立てていく生き方に憧れ、しかし現実と限界をも理解することになります。

 

ここ数年の僕の生活はというとほぼ完全なリモートワークで、つまりは一般に言われる「会社勤め」に関する諸々の不満が一切ありません。いつ起きていつ寝てもいいし、通勤はないし、日中に病院も役所も行けるし、ゲームもできます。

そして僕、気づく。

「これはフリーランスの自由さと会社員の安定さの両方を兼ね備えた、現代におけるいわば攻守最強のスタイルなのでは?」と。

 

ところが、この過程には嬉しくない発見が1つありました。

会社員をやめた場合に自分で事業を進めていくためのプランを練っていたとき、稼げるかどうか以上に「楽しいと思って続けられるか」が気になっていました。仕事の内容ももちろんそうだし、過度に人と関わることを避ける方向に果たして未来はあるのかという漠然とした不安です。なんとなく、人としてダメになってしまいそうな予感がありました。

結果的にこの予感は当たっていて、フルリモートワークの生活になったここ数年は明らかに人間としての色々なものがうまくいかなくなってきているのを実感しています。必要な会話を論理的にのみ行うような生活を年単位で続けているせいか間違いなくつまらない人間になっている気がしました。

たまに会った友人には「お前そんなロボットみたいなやつだったか?」と言われ(当時は何だコイツと思ったが今にして思うと的確すぎてちょっと怖い)、誰かと話した内容や自分が決めたことを異常に忘れっぽくなっていたり(よく冗談交じりで「最近脳細胞が死んでて~」とか話していたけどこれも今思うと本当にありえる気がする)、とにかく身に覚えがありすぎる。

つまり「フリーランスという生き方はおそらく自分にあっていなかったのは正しそうだし、人と関わることをやめたら文字通り死んでいくのだな」ということに気づけたわけでした。あとから振り返ってみるとこれはむしろすぐに発見できてよかったことな気がします。

(「フリーランスだからって別に一人でしか仕事をしないわけじゃなくない?」という至極真っ当なご指摘はその通りだと思います。僕の当時の思想的には「一人=自由=フリーランス」というとても短絡的な思考だったので…)

 

このあたりのことを「一人での完全な自由」と呼んでみます。

小さい頃から環境面で色々コンプレックスを感じたりしていたところが多分にあったのだけど、ストレスがない生活の自由に加えて経済的にもかなり余裕が出てきたのもあって、正直もうこれ以上一人で生きていても叶えたい自由がないくらいのところまで来てしまっていました。

「ただの一般庶民のくせに何を言っているんだ」と思われると思うけど、自由の最大値は人によって違うだろうからいいんです。高級車乗ってクラブ行って…みたいのはもともと微塵も興味がないタイプだし、とにかく「生きるのに不自由しなくなった」というだけで僕はもうすべてを達成できてしまったくらいの気持ちになれていました。

でも思うわけですよね。これが幸せなのか?って。

だってもう生きるために頑張る必要がないんだもの。何をどう間違っても食いっぱぐれることはないし、一応好きなことを仕事にできていて、仮に会社に隕石が降ってこようが他の仕事はいくらでも見つけられます(これもソフトウェアエンジニアのいいところ!)。

なので、僕はここまでを鑑みて「一人での人生の楽しさはもう限界まで味わうことができたんだ」という結論を出しました。

 

じゃあ次はどうすればいいんだろうか。

…いや、もちろん決まっています。プライベートでも仕事でも、とにかく人と関わることを大切に考えるようにしていきました。

ちょうどこの頃、会社でもチームという単位で1つのプロダクトを作り上げていくという活動が順調に進んでいくようになり、「自宅の快適な仕事環境でありつつも誰かと何かを一緒にやっていく」ということが多くなりました。

そして、「誰かと一緒に何かを成し遂げていくこと」にとてもやりがいと幸福感を覚えるということを久しぶりに思い出しました。

僕は幸いにもこれまでの人生で「そういうものが人間の幸福なんだろうな~」と経験的に実感できることがたくさんあったのでなんとなくは理解していたのだけど、それを仕事でも再認識する形となりました。

ハーバード大学は 75 年にわたり「人の幸せとは何なのか」という研究を続けていて、最終的には「同じ志を持つコミュニティの中で頼り頼られ生きていくことである」と結論づけました

僕はこの話を知ったとき雷に打たれたような衝撃を受けました。

なんとなく思っていたことが明確に言語化され、なおかつ 75 年もの研究によって裏付けされたというのだから感動しないはずがないです。このとき、「これは人生でずっと大切にしていくことになる考え方なんだろうな」と確信しました。

 

プライベートでも自分の心境に大きな変化が訪れます。

当然誰かと生活を共にして「人と関わる」をやっていきたいと心から思うようになったし、あんまり興味がないことでも誘われたらとりあえず行ってみるようにしたら色々ポジティブな方向に進みやすいことがわかったとか、いいことがたくさんありました。

これまで先延ばしにしていた人生計画的なやつにもどうにも手がつかなかったのが嘘のようで、この1年くらいは色んなことを色んな風にするために色んな活動をしています(雑)。ここ数週間は大きな分かれ道なんですが今はとてもワクワクしています。

 

これらは「誰かとの完全な自由」と呼ぶのでしょうか。

たぶん違います。一人ではない時点で完璧に好き放題できる世界はもうあり得ません。むしろそれはやってはいけないことです。相手へ配慮と思いやりを持って接するべきだし、それができないのなら単に「自分勝手」と言われるだけでしょう。

じゃあ「誰かとの自由のない世界」でしょうか。

これも違うと思います。別に「他の人と関わること」と「自由であること」は排他ではないはずだし、場合によっては多くの量を併存させられるケースもあるでしょう。

 

なので僕はいま「誰かとのちょっとの自由」って呼んでます。

この「ちょっと」は「少ない」というネガティブなニュアンスではなくて、むしろ「プラスされた」みたいなポジティブな感じです。

少し前までは「一人じゃなくなるんだから少なくともその分は自由じゃなくなるよなー」と半ば引き算的に捉えているところがあったのだけど、誰かと一緒に過ごすことによることでしか得られない新しい「自由」もあるのでは?みたいに思ってます。

仮に引き算だとしてもそれでもいいです。でもそういう中で生きていくのが「人間らしい」ってことなんじゃないですか?なんかもうこれ以上言語化できないんだけど、今は本気でそう思ってます。

高校生のとき、卒業する前に後輩たちの前で「人間ってひとあいだって書くでしょ。間があるってことはひとりじゃない、つまり人間は一人では生きられないのよ」みたいな偉そうなスピーチをしたんだけど、ここで言っていたことはまさかの核心を突いていたし、今まさに巡り巡って戻ってきた気がしていてなんとも言い表せない気持ちになっています…。

仮に他人と関わっていくことで制約や縛りが発生するのだとしても、その中で「ちょっとの自由」を探しながらもがいて生きていくのが人間、って感じしません?

 

何度書き直しても終盤が胡散臭い感じになってしまうのだけど、まあ言いたいことは書けた気がする。

ひょっとしたらこれは誰しもが同じような道を通っていくものでわざわざこんな風にしたためるものじゃないのかもしれないけど、少なくとも僕の中ではとても大きなことでした。それをこのブログには書かないわけにはいかないなーとずっと思っていたので満を持して今回書きました。

おわり!

みるみ
みるみ

ブロガー、ソフトウェアエンジニア。

この「みるめも」というブログの筆者です。

この記事へのコメント

僕はいままでどちらかというと啓蒙書などは避け気味で生きていたのですが、みるみさんが書いてくださったこの記事のおかげで、「グッド・ライフ」という本を読むに至りました。
この本では幸福とはどのようのものかを丁寧に書かれており、私からしてみれば非常に目からうろこな情報ばかりでした。
自分とは何なのか、幸せとは何なのか考えるきっかけを下さったこの記事に非常に感謝しております。

ありがとうございます。こんな記事もどなたかの役に立てるのだと思うと自分も嬉しいです!

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